退職した従業員が、在職中に取得した顧客情報を使って営業活動をした。企業は秘密情報の不正取得だと裁判を起こし、元従業員は「そんなん、秘密でも何でもありゃしませんわ」と反論した。正義はどちらにあるのか――?
IT訴訟事例を例にとり、システム開発にまつわるトラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は、企業の情報システム内に蓄積されるデータの営業秘密性について考えてみたい。
最初にお断りしておかなければならないが、今回はITベンダーのエンジニアというより、ユーザー企業が営業機密を守るために何をすべきかを考えさせられる判決を取り上げており、ユーザー企業の情シスの方に読んでいただきたい内容ではある。しかし、一方でこうした事件を未然に防ぐための提案はベンダーサイドからあってもいいし、むしろそうすべきであるとも考える。
経営資源としてのデータ活用が叫ばれる昨今、情報システム内のデータの価値は高まる一方だ。顧客情報、取引情報、技術情報など、企業活動の過程で生成、蓄積されるさまざまなデータは、ビジネス上の競争力の源泉となる。特に顧客情報はビジネスの根幹を成す重要な経営資源であり、その保護と活用は企業経営において重要な課題となっている。
業務システムには膨大な情報が日々蓄積されているが、それらが法的保護に値する「営業秘密」として認められるためには、どのような要件が必要なのか。ある工務店を巡る裁判例を通して検討してみよう。
まずは概要をご覧いただこう。
ハウスメーカーである工務店は、同社の元支店長および当該元支店長が退職後に自ら設立した建築会社に対して、損害賠償を求めて提訴した。工務店は、元支店長が在職中に自社の基幹業務システムに保管されていた顧客情報を不正に取得し、退職後に自社を設立してこれらの情報を利用し、顧客と新築工事請負契約を締結したと主張した。
工務店の主張によれば、システムに登録されていた顧客情報は「営業秘密」であり、元支店長らによる不正競争行為(不正競争防止法2条1項4号・5号)によって損害をかぶったというものだ。これに対し、元支店長らは当該顧客情報が「営業秘密」の要件を満たさないと反論した。
出典:裁判所ウェブ 事件番号 大阪地方裁判所 令和5年(ワ)第5749号
本裁判の焦点の一つは、基幹業務システム内の顧客情報が不正競争防止法上の「営業秘密」として保護されるに足る秘密管理性を有していたか否かという点だ。
本件を理解するためには、「営業秘密」の要件を整理しておく必要がある。不正競争防止法2条6項では、「営業秘密」の要件として「秘密として管理されていること」(秘密管理性)、「有用な情報であること」(有用性)、「公然と知られていないこと」(非公知性)の3つを挙げている。このうち、特に問題となったのが「秘密管理性」だった。
では、情報システム内に保管されている顧客情報は、どのような条件を満たすと「秘密として管理されている」と言えるのだろうか。裁判所はどのように判断したのであろうか。
工務店の情報管理の実態はどうだったのか。裁判記録によれば、同社の基幹業務システムは、従業員がIDとパスワードを入力すればログインできる仕組みになっていた。また、当該システムにアクセスできる範囲や、情報の取り扱いに関するルールも問題となった。
果たして、このような管理体制は「秘密として管理されている」という要件を満たすものだったのだろうか。それとも不十分だったのだろうか。裁判所の判断を見てみよう。
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